国と地域を繋ぐヒーロー!副市長さんにインタビュー


今回は山形市副市長の井上貴至さんにインタビューさせていただきました。

大阪出身で東京大学で学ばれた井上さんは総務省にされ、これまで様々な地域で行政のお仕事をされてきました。大学での学びから、地方で働くことの面白さについてお話しくださいました。

地域を理解し、さらに良くするために国と地域の架け橋になる...その姿はまさにヒーローでした!




―本日はよろしくお願いします!たくさんお話を聞かせてください。

こちらこそよろしくお願いします。


―大学時代はどのようなことを学ばれていましたか?

先生が「君ら東大生は何も知らない。とにかく現場に行きなさい」という先生で、「いろんな立場の人からいろんな角度の話を聞きなさい」ということをすごく言われていました。

私自身そういうことが面白いなと感じていました。沖縄の防空壕の中行ったり、米軍基地の中行ったりとか、あるいはアジアの実習生の皆さんと一緒に農業したりとか、いろんな現場でいろんな話を聞かせてもらうってことを経験しましたね。

一方で将来について先輩方にも話を聞いていました。省庁で働く先輩も多かったので、先輩方から話を聞きながら、国で法律や制度をつくるだけではなく、市町村や都道府県でも働くことができる総務省が面白いと思いました。

入省後の話になりますが、入省3年目に東日本大震災があり、いてもたってもいられなくなって、毎週末、友人たちと石巻の雄勝地区を中心に被災地に行き、最初は物資の仕分けをしたり、清掃したりしていました。そこは伊達政宗公から続く硯石の産地でしたが、石を削る機械が全部流されてしまい、職人さんも「もうやめようかな」って言っていたんです。なんとかしたいと思い、最初はまだ使えるものを学園祭で売って寄付するとかをしていました。そういう活動をしていた中、郵便局の幹部の方から「郵便局で寄付をしたいんだけど、どこかいいとこないか?」と言われて、「それなら石巻の雄勝の硯石を復活させて、文の文化・お手紙の文化を復活させましょう!」っていう話をしました。2011年5月に3000万円の寄付をいただいて、職人さんが住み慣れたところで、好きな硯石の仕事を続けることができるようになりました。ちなみに、文翔館の屋根も雄勝のスレートでつくられています。

このような経験から、やっぱり、中と外を繋いでいく、官と民を繋いでいくっていうところは、すごく大事な役割じゃないかなと思っています。東京から来たからこそ、東京のいろんな企業もそうだし、国自体も、「あ、こういう制度にこれをうまく使えるなとか」っていうことを考えて、中と外を繋いでいくってことを意識しながら現在も山形市で活動していますね。やっぱり大学での学びがつながっていると感じます。


―大学時代の様々な経験から行政の仕事を志すようになり、そこでの学びが生かされているんですね。もともと大学に入る前から行政の仕事に興味を持っていたのですか?いつ頃から関心を持ったのでしょうか?

実は、中学生ぐらいから、大阪の企業がどんどん東京行っちゃうなとか、 路上生活の人が増えているなということに気づいて、そういう街の中の問題意識は持っていたかな。

行政ってのは、全ての住民が対象なものだから面白いね。他の職業だと対象の範囲が限られちゃうとこもあるけど、行政は本当に全ての人が対象で、分野も本当に様々です。山形市に来てからも、子育てや教育から、あるいはまちづくりや観光、農業、交通、文化、スポーツからデジタルなど、 もう本当に幅広くやっていますよ。様々なことをやっている中で、こことここをうまく融合させながら新しいものを作っていくとか、そういうことがやりたいなと思ってね。これだけがどうしてもやりたいっていうんなら、もっとその分野に特化した仕事を選ぶのがいいかもしれないけど、いろんなことやりながら組み合わせていった方が面白いかなっていうのは、なんか昔から思っていたかな。


―そんなに早くから関心を持っていたんですね。驚きです!話は変わりますが、就活をする際の核はありましたか?

社会人になる時に、何をするかってのは意外にわからなくて。やってみないとわからないし、やっているうちに当然課題も変わってくるから、 何をするかってのはわかりづらいんだけども、誰と働くかという点は、結構すごく大事かなと思っています。

総務省はやっぱり仕事で地域と国を行ったり来たりすることが多く、そういう仕事でも良いところを見つけて楽しまれている姿を見てかっこいいなと感じました。皆さん、限られた期間だからこそ、それぞれの地域に惚れ込んで、新しい趣味を見つけたり、特有の食事を満喫したり、そういう生活も楽しまれてやっている魅力的な先輩も多いと感じます。「あ、こういう人と一緒に仕事したいな、こういう風になれたらいいな」と思って、総務省に入ったかな。何やるかより、誰と働くかの方がよっぽど大事かな。


―素敵な考えですね!参考になります。

次の質問です。井上さんから見て副市長という役職はどのような役割があると感じていますか?

副市長の仕事っていうのはいろんな役割がありますが、

各部局があるから、部局横断的に連携してやるようなプロジェクトをちゃんと引っ張っていくことや、市長のビジョンをちゃんと理解して、各部局に分かりやすく伝えていくのも大事な役割だと思っています。特に私の場合は、県外から来たから、外と中の繋ぎ役という大事な役割だし、意識しています。

そして考えを地域に留まらないようにすることも意識しているかな。いろんな省庁や東京の企業とも連携しながら、やっぱり新しいものを生み出していくことも必要だと思います。

今、資生堂ジャパンさんから企業版ふるさと納税いただいて、山形市で女性活躍のプロジェクトをずっとやっています。やっぱり企業と組むことで、行政だけの硬い発想じゃなくて、最初にメイクアップをしたりとか、柔軟なアイデアが得られます。資生堂さんは日本で最も進んだ女性活躍の会社であり、その1人1人に応じたリーダーシップをどう発揮するかってことを追求しているところだから、そういういろんなノウハウを生かしてもらって共に活動しています。

移住に関してもそうで、大手旅行会社の阪急交通社から山形市へ出向してもらっている方が、オーダーメイド型移住ツアーを作って山形市を案内しています。旅行会社のノウハウをすごく活かしているんです。

いろんなところとタイアップというか、お互いの強み活かしながら、やれる仕事なんですよ。

そして、常に思うのは、山形が「山の向こうにあるもう一つの日本」になるということかな。日本を先導する取り組みをね、やっぱり山形から始めていきたいと思っていますよ。

今の日本の問題は少子化や感染症、災害のリスク、経済の低成長などが挙げられると思いますが、そこに本当に共通する原因は何かなっていうと、やっぱり東京に過度に一極集中しすぎてしまったことだと思うんですよね。世界的にも、歴史的にも、 そんな都市圏はないんですよ。

家賃がすごく高かったり、通勤時間だって長すぎるし、出生率も低い、

経済成長率も過去20年間、東京は日本の平均よりはるかに下で、むしろ東京は足を引っ張っているんです。

例えば、日本地図をヨーロッパに当てはめると、北海道は北欧にあって、そこから沖縄まで来ると北アフリカまであって、 それが1つの国であり、日本っていう国なんです。

だから、当然、文化も景色も自然も気候も歴史も全然、地域によって違っていて、 すごく多様な魅力を持つ国なんだけど、その良さをもっともっと生かしていく必要があると思うんです。だから都市と農村と自然とバランスよく共存したこの暮らしができる山形で、ローカルが日本の中心地になるというモデルをちゃんと作っていくっていうことをしていかないと、日本はやっぱりダメになるんじゃないかなって考えています。山形から日本を変えていくっていう意識を持っています。


―山形から日本を変えるなんて考えてもみませんでした。面白い視点ですね。

本当にそうなりつつありますよ。市長もデジタル行財政改革会議で、全国の市区町村代表として、毎月1回、総理の前でプレゼンしているのは、山形市のいろんな取り組みがちゃんと結果として数字に出ているからですし、いろんな施策を積み重ねて、どんどん新しく変わっているからです。

新しくできた道の駅「やまがた蔵王」もそうだし、コパルもそうだしね。コパルは特に世界中から注目されているからね。障害のある人もない人も分け隔てなくやりましょうっていう「インクルーシブ」という概念を見事に落とし込んでいて、特にすごいのが日本で初めて車椅子のまま乗れるブランコがあったり、木製ベンチとしても木琴としても利用できるものがあったりと、ただ子供が遊ぶだけの施設じゃないんです。建築の分野でも、すごく注目集めています。

ただ、この話題に限らずなんだけども、このような山形のすごい部分や面白い部分が、若者に伝わりにくいのが現状です。行政がやっているような広報誌はほとんどの人は読んでないだろうし、 テレビも見てないだろうし、じゃあSNSや動画って言ってもなかなかね難しいものもあるし。

若者に山形のすごいところ、魅力みたいなのをうまく発信できたら、もっと山形で働きたいって思ってくれる人も増えるだろうし、そもそもこんなにすごいものがあるんだよっていうのを県民にももっと知らせることができたらいいなと思っています。Q1だってね、できる前と後では全然違って、人通りも変わって、若者に定着してきているし。アズ七日町の上にある図書館も今年(2023年)9月にリノベーションして、高校生や大学生の利用が増えたんです。夕方の時間に勉強したり、土日はワークショップしたりする人もいて、なんか当たり前のように溶け込んでいて新しいライフスタイルになっているから、 実際使ってみるとか、いいなと思えば自然と広がっていくんだなと思うんだけどね。情報はあるんだけど、若者にも届くようにどうすればいいかなっていうは今後の課題ですね。


―ありがとうございます。次にスマートシティについてお聞きしたいです。人それぞれスマートシティの考え方があると思いますが、井上さんはどのような考えをお持ちですか?

山形市ってね、行政の面では日本の中でも先進的なスマートシティなんですよ。

「おやこよりそいチャットやまがた」という子育て世代の人が、いつでもデジタルで子育ての悩みを相談できるし、プロのデジタルソーシャルワーカーがちゃんと対応もしてくれるというサービスを取り入れています、また孤独孤立の解消に向けて、AIとデジタルソーシャルワーカーがハイブリッドで対応する仕組みも日本で初めて構築しようとしています。

行政の中で言うとね、「Logoチャット」ってことで、部局超えて情報連携ができるようになったりしています。

学校の、ICT化だって全国トップクラスに進んでいます。電子黒板やプログラミン教育とか、個別最適化したソフトの導入、発達障害を持っている人の教育相談計画とかもソフトを入れたりしているし、教育の面でもデジタル化ってのは、進んでるんだよね。

でも、これは技術も日進月歩だし、当然いろんなものが安く普及してくるから、いろんな動向を見ながら、いいものをどんどん入れていくっていうことを意識しているかな。デジタル化する時はね、あくまで手段だから。どういう理想的な状況があって、そこにどう近づけていくかとか、特にデジタルで連携するとなるとリアルの連携もできてないと意味がないから、日頃から意識しています。

関係機関と対面でコミュニケーションを取りながら、でもデジタルで補完するとかね。


―なるほど。デジタル化が進んでいく中でも、デジタルとリアルを上手く使い分けることを意識されているんですね。

そうそう、それでいうと、実は日本のすごく強みでもあって、日本はドラえもんや鉄腕アトムで育った国だから例えばターミネーターで育った国とは、ロボットに対する考え方が違うんですよ。

南ヨーロッパやアメリカなどの若年失業率がすごく高い国っていうのは、

ロボット化とかAI化をしちゃうと、ますます若年失業率が高くなってしまうんですよ。

産業革命期のラッダイト運動のように、繊維機械ができて、織子さんの職業なくなるから、その機械の打ち壊しをするなんていうことがあったから、 なんかすごく入れづらいと思うんだよね。支配するか、されるかっていう、2項対立で考えがちだから、共存するってのはすごく難しいんだと思う。

例を挙げて考えてみましょうか。技術的にも、ゴミ拾いロボットを作るのってすごく難しいんです。 そもそも何がゴミかってのを判別することも、それをこう掴んで分別して入れることも、すごく難しい。

でも、人間とロボットが融合していくっていう考え方だと、助け合えるんだよね。

ゴミ箱型のロボットが自動で動いて、人間にゴミ箱を傾けると、人間はそこに捨てる。落ちているゴミのそばに行ってその場で右往左往していると、気づいた人が拾ってゴミ箱に捨てるんだよ。僕はそれでいいと思っていて、やっぱりこういう発想ってのは、日本から生まれてくるんだなと感心しましたね。だから、ロボットやAIは、日本に浸透しやすく、これからすごく普及すると思っています。

ただ、やっぱり気を付けないといけないのは、完璧を求めすぎないことだと思っています。

宮崎県のピーマンの話ですけど、AGRISTさんっていう会社が地元の農家さんの要望を受けて自動収穫ロボットを作ったんです。でもやっぱり、ロボットで全部を収穫しようとすると、画像認識の精度だったり、熟しているのかの判断だったり、大きさの違いもあるから、すごく難しくなってしまうそうです。でも、最初は5割でも6割でもいいじゃないか、取り残したものは、人間が取ればいいじゃないかと。 今まで人が3人いたのが1人で十分になるだけでもいいわけだし、やりながら少しずつ精度を上げていくんだそうです。最初から完璧な完成されたものを求めすぎちゃうと、完成まですごく遅くなるから、使いながらどんどん良くしていくってのがAIと共存する上で気をつけるべき点だと思います。また、これからの時代では、人間が答えが1つしかないものを求めても仕方ないんだよね。それはもうAIがやってくる世界だから。 人間はやっぱり答えがいくつかあるものをどう考えていくかとか、答えが1つとは限らないものをどうやっていくかとか、それが価値判断になってくるし、そういうことを意識していくってことは大切だと思います。


山形でも、例えば飛庄(とびしょう)さんは面白いなと思います。

山形の鋳物技術を使って打刃物(うちはもの)を作っている所で、果樹の剪定をするハサミを作っているんですが、山形は果樹園がいっぱいあるからどんどん実証して、さくらんぼを切るならこれがいいなとか、桃を切るならこれがいいなとか、現場で融合して開発しているんです。そういう企業ってのは、東京じゃできないし、山形だからこその強みだなと思います。

山形のCareSpaceさんも、自分で介護施設をやりながら介護のDXもやっているから、そういう現場のニーズを落とし込んでさらに良くしていくところが、スマートシティにも繋がってくるんじゃないかなと思っています。


―ありがとうございます。次の質問です。井上さんはこれまで様々な地域で仕事をされていますが、実際に山形で働いてみてどのような印象を受けましたか?山形で働く魅力などがありましたらお聞きしたいです。

僕は大阪出身だから、東北ってのは、少し遠いイメージがありました。距離的にも想像しやすさ的にも。

でも、住んでみるとすごく楽しくて、山形暮らしで、趣味が増えたね。山が近いから登山をやったり、自転車で走ったり、この時期はスキーしたりとか。山形は本当に季節の変化がはっきりしているから、その時々のものをすごく楽しもうって気持ちはすごく芽生えますね。

あと、町がコンパクトだからこその良さもあると感じています。

例えば、山形交響楽団を聞いて、1杯バーで飲んで、帰りは余韻を楽しみながら歩いていくとかっていうのもできてしまうんです。東京で想像すると、なかなか難しいんだよ。

そうそう、映画祭もやっぱり東京では多分できないと思います。

みんなあの時期になると、ドキュメンタリー映画祭のバッジをつけているから知らない人同士でも話しかけたりとかできる。映画製作者もファンも、俳優さんもみんな集まって、映画の話をする。ああいうのは、なんか素敵だなと思いました。

都市も自然も農村のコンパクトに凝縮されていて、バランスよく共存していて、ちょっと行ったら温泉も入れるし、山登りもできるし、スキーもできる。ほとんどの都市機能がそこで完結しているわけだし、すごく充実していると思います。


―最後の質問です。今後の山形をどのようにしていきたいですか?

やっぱり日本はもっと多極分散国家にならないといけないし、山形はそのモデルになるってことだよね。企業ももっと学生向けにわかりやすく情報を発信すべきだし、思い切って採用していくとか、

初任給をちゃんと上げていくとかしていかないとと思います。

ヤマガタデザインの山中社長と話しをした時に、「いい人材ってのはすぐ採るんだ。

自分の企業が業績良くなったら採るとか言っているとその人はいなくなっちゃうし。いい人材ってのは自分でちゃんといい仕事を創ってくれるから、 その人が入ることによって利益が生まれるんだ。いい人がいればすぐ採るんだ」っていうことを言われていて、まさにその通りだと思いました。

山形には大学もあるわけだし、鶏が先か卵が先かだけど、もっと地元の若い人材に期待してみてもいいような気がするね。

やっぱり山形に残りたいって思う学生が少ないのは現状なので、「こういう人材が欲しいんだ、こういう仕事を一緒にやっていってほしいんだ」みたいなのをどんどん企業側からアプローチしていってくれたら。山形で就職する若者を増やしたいです。



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